#096
献杯
松崎 淳 
書いては泣いて消し、また書いては泣いて消しの繰り返しでまともに書き上げられず今日まで来てしました。

歳は彼の方が1つ下でしたがフェルナンデスに同期で入った坂下拓という友人がいます。オレはリペア、拓はギターエンジニアスクールの講師をやっていました。そのうち会社での仕事の枠を超えギターを追求し、カスタムメイドの必要性を感じ、アーティストのリクエストに応える仕事を目指し始めます。文で読むと格好良く簡単そうですが駆け出しの小僧同士です、誰かが手取り足取り教えてくれる訳でもなく、トライしてはヘコミ、人づてに紹介してもらいその分野に長けた諸先輩方に教わるために通う、そんなやり方しかない頃です。志しだけが先走り腕はまだまだ、当時のギターに今出会うと申し訳ないと心から反省すると同時に25年前の松崎君に色々教えてあげたいとそっと直します。
オレが退社する1年前に拓はフェルナンデスUSAへの配属を希望し2年後に独立しました。まだ個人ビルダーが独立してブランドを立ち上げるなんて笑われた時代です。それを拓はアメリカで始めたのです。 オレもそうでしたし拓も、いや、拓はもっと苦労したでしょう、笑われて当然始めから万事上手く行く訳が無く、それでも新しいギターを創り続ける事でしか切り開き方を知らないのですから。オレには助けてくれたミュージシャンが沢山いましたが、拓はたった二年しか住んだ事のないカリフォルニアで本当に苦労していました。
2007年にロベン・フォードが拓のギターを抱えたCDジャッケトを見たとき「おーやったな!拓!」と嬉しく思い、同時に悔しく「オレももっとやるんだ!」と。Zodiacのギターを気に入ってくれているミュージシャンは数多く居ましたが向上心に火がついた事を思い出します。
実直な仕事が認められロベン・フォードの影響もあり忙しくしていると噂は聞くモノの連絡は取っていなかった近年でしたが、どうしても欲しい材が手に入らず「拓に相談してみよう」と思っていた矢先、2010/2/11事件が起きました。「拓が工房で殺されているのが見つかった」電話から聞こえたのは映画やドラマのワンシーンでしか使われない様な信じられない言葉。オレが返せた言葉は「はぁ?何言ってんだ?」が、精一杯でしたが現実でした。
時間が経つにつれ状況が解ってくるのですが情報が入ってくる度に、やりきれない気持ちばかりが膨らみ、やり場の無い怒りが込み上げます。心を落ち着かせ「オレに出来る事を探そう」そう考える様にし日々ギターと向き合いますが、ビンテージレスポールのリフィニッシュをしていると色々思い出して仕事にならない時期でもありました。

カリフォルニアでの裁判も終わり拓の実家がある神戸で「お別れ会」が11/20に行われました。これで一区切り着くと自分に言い聞かせ参加。着いたテーブルには古くからの面々、今や巨匠となった拓の巨匠では無い時代の話で笑い、やはり皆同じやりきれない気持ちで泣く。終わってみれば想い出が濃くなる一方で区切りなんか到底付かない1日でした。そう、区切りなんて要らないんだ。

拓が創って来た楽器はギターマガジンの8月号やプレイヤーの12月号で見る事が出来ます。拓は王道の進化系、オレのは邪な性格が出た”ギターに色気を”。形として表す方向は真逆でも発想の根底が同じなんだ。
2010/11/20
NEXT
PREV

*非常に不定期なペースでお送りしております.